勝手に奥出雲探求レポート

前へ
一覧へ
次へ

三井野原スキー場 ~歴史編その1~

三井野原スキー場 ~歴史編その1~

ある日、室長もとさんに前回のミッション「ウインタースポーツ・芸術・グルメ!三井野原スキー場周辺満喫してきなさい!」の報告をしていると、こんな事も教えてくれた。

「三井野原ではあまり出雲弁を話す人はいないんだよ」

「え!?どういう事??」い~ちゃんはばりばりの出雲弁スピーカーだけん、頭の中が?マーク。

何故!?三井野原は島根県でしょ??これは調べてみなきゃいけんね!

という事で、

平成10年に発行された「あゆみ 開拓50周年記念」によると、三井野原は、昭和22年に広島県・香川県・島根県から入植し、開墾した土地。

当時は、今のように機械・暖房器具・公共交通が十分にない中での開墾はどのようなものだったのでしょうか?

当時を知る方からお話を聞くことにしました♪

まずはWさんを訪ねました。

「2代目だからあまり力になれないかもしれない…」そういうWさんは目をつぶりながら、語ってくれました。

Wさんのルーツはどこにあるんですか?

「私の父は現在の島根県雲南市に住んでいました。当時は、長男が家を継ぎ、二男三男は家を出るのが普通でした。私の父も三男だったので家を出てやってきました。機械もなかった時代です。三井野原の住民だけでなく、周りから応援に来てもらい、鍬1つで開墾をしたようです」

↑三井野原スキー場開設(昭和24年)

Wさんの幼少期は三井野原スキーの最盛期。お客さんがあまりにも多すぎて宿泊を断る事もあったようです。

Wさんの子供のころのスキー場の様子を教えて下さい。

「その時は、急行ちどりが広島から走っていて夜中の3時、4時にお客さんを迎えに明かりを持って行っていましたねぇ。週末になるとお客さんと一緒ににぎやかに食事をしたものですよ。」

当時を思い出してWさんの顔が笑顔になる(^-^)その笑顔から当時どれだけ賑わっていたかが伺えます。

Wさん、貴重なお話ありがとうございました。

 

・・・・・読み込み中です
前へ
一覧へ
次へ

コメント(0)

ニックネーム

6文字まで / 公開されます

メールアドレス

公開されません

メッセージ
顔マーク 顔マーク

好きな画像を1つお選びください。サイト上でご自身のマークとして表示されます

投稿キー
投稿キーを入力
上の数字と同じものを入力してください